生の変容〜まてぃ編

生の変容〜まてぃ (体験談)

ardサガプリヤとの思い出

私とサガプリヤとの出会いは1987年の東京でのワークショップの時ですので、かれこれ20年以上前になります。その頃、地方でOLをしていた私は、やっとの事でOSHOセンターの電話番号を見つけ、無心で電話していました。『サガプリヤという、すばらしいセラピストが来ているから、ぜひ受けたらいいですよ。』と言われ、夜行に乗って東京に降り立ちました。

その時グループの中で『彼女の今のエネルギーは、やって見ようというエネルギーで赤です。』と言われたのを覚えています。今でこそエネルギーを色で表わすことは普通ですが、その時は何のことか、さっぱり分かりませんでした。でも何だか納得したコメントでした。

その後、インドのプーナにて「日本人のためのマキシセッション」を受け、ますますサガプリヤへの信頼を深めました。マインドは理解できないけど、なぜか涙がでてくる。ハートは彼女の言葉を理解し、存在に染み込んでいくという感覚を何度も味わいました。今でも、その言葉がふとした拍子に浮かんできます。あたかも彼女との出会いに よって、瞑想の種が植えつけられ、育ち続けているように。 

(注)「日本人のためのマキシセッション」とは4人一組で行なわれるセッションで、ひとりづつが自分の問題を話し、サガプリヤがそれぞれのエナジーリーディングの後で答えていくと言う形式です。繋がっている日本人だから可能なワークだと評判になりました。

彼女に会った人達は、その目が忘れられないと言います。その人の存在を見透しているようなシャープさと泉のように湧き出る無条件の慈悲を感じるのでしょうか?

私もそれからサガプリヤの追っかけが始まり、グループ・トレーニングに参加し今となっては、オーガナイズをしています。そしてセッションやトレーニングをすることは、彼女への感謝であり、無償の喜びなのです。

詳しくは以下に続く「生の変容〜まてぃ 1〜4」の体験談をご覧ください。

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ard生の変容〜まてぃ 1〜4

生の変容 〜 まてぃ 1
サガプリヤのワーク「サイキックマッサージ」と「スターサファイヤ」のエッセンスを理解してほしく、自らの体験を気のむくままに綴っていきたいと思います。

生の変容 〜 まてぃ 2
この頃「日本人のためのスターサフャイヤ」その後「日本人のためのスターサファイヤ」というトレーニング Part1&2を受けました。インターナショナルであるインドにあるセンターで「日本人のため」というプログラム内容があった事は、サガプリヤのワークの質がいかに日本人にフィットしたものかを物語っています。

生の変容 〜 まてぃ 3
こちらは内なる女性性・内なる男性性へと入っていきます。インドで行われたサイキックマッサージ・トレーニングの前後に書きました。サイキックマッサージと瞑想の本質である生に「Yes」ということ。。。瞬間に起こっていることに「Yes」ということが、自分自身を受け入れることであることに戻されました。「YES to the life」

生の変容 〜 まてぃ 4
生の変容シリーズ、いよいよ最終章です。

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生の変容〜まてぃ 4

(※この手記は、私にとって人生で最も強烈なセッションでしたので、忘れているところもあります。「省略」の部分は仕事の関係も関係しており、あえて掲載しませんでした。分かり難いとは思いますが、どうかご了承ください。)


サガプリヤは言います。

まず独りあること、そして創造性(クリエィティビティや仕事)であると。彼女のワークを通して多くの人に、自分の仕事とそのあり方に新たな方向性がもたらされました。


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かつてはインドでトレーニングを開催していたサガプリヤも、拠点をヨーロッパに移しているので、彼女のワークを受けるためには、そこまで行く必要があります。

この数年間にも日本でのグループの後で、何人もの日本人が参加しています。私も通訳やアシスタントを兼ねて、エナジーワークトレーニングやサイキックマッサージPart1&2と行きました。

イタリア人だけでなく、ドイツ人やスイス人など、多くのヨーロッパ人と台湾人や日本人が交わって、インターナショナルな雰囲気です。休日には観光をして、本場のイタリア料理を楽しみました。もちろんワインも・・・・

個人的にはスターサファイヤ Part1をイタリアのイスキア島で、Part2をドイツのブレーメンで参加しました。

イタリアで受けたスターサファイヤ Part1の時です。

サガプリヤが「午後は実際にどうセッションを行うかを見せます。誰か、仕事になにか問題を感じている人はいますか?」私を含む何人かが手を上げました。彼女は見回して「では、マティにしましょう。」と言いました。手をあげたものの、指された途端どきどきしました。

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サガプリヤ 「あなたの仕事について話してください。」

 「OSHOセラピストを日本に呼んで、グループをオーガナイズしています。後、サイキックマッサージやクラニオセイクラルなどのセッションをしています。」

サガプリヤ  「それだけで、食べているのですか?」

 「何年間かは、平行して派遣で働いていましたが、今はそれだけです。」

サガプリヤ 「いいですね。ほかの人も羨ましがる仕事ですね。」

 「はい。でも、どんどん大きな企画が来て、責任を感じています。ちょっと疲れています。」


その後、関係性や瞑想のことなど聞かれました。

デモンストレーションですので、通常はクライアントに聞かせないリーディングも、聴衆である参加者に話します。

「話をきいていると、仕事のことというよりも、関係性という感じがします。」といいながら、エナジーリーディングを始めました。全体のリーディングをした後で、暗い低い声で彼女が話し始めます。(そのときの私には、そう聞こえました。それほど衝撃だったのですね。)

「今の彼女は、Part2で学ぶ“キャパシティ(受容能力)”の状態です。それは実際はレゾナンス(瞑想のスペース)があるのに、何かのせいで、それが今は雲に覆われている状態です。空に雲がかかって本来の青空が見えなくなっている感じです。オーラの周りに分厚くて黒い雲のようなものが、かかっています。 OSHOのメッセージは『彼女はセラピストだ。』というものです。」

次に、左足(内なる女性性)を読みます。「女性性は疲れています。オーガナイズの仕事を減らす必要があります。仕事を変える必要があります。もっとセッションやグループなどを自分でリードしていくセラピストの仕事の方にです。」

右足(内なる男性性)を読みながら、「彼は、とても独立心の強い人で人に頼りません。時間とお金をマネージして、どこにでもGFが会いにきてくれます。こんな男性が女性を愛していると言えるでしょうか? プライドに満ちています。」

第二チャクラ(お腹)を読みながら「ここでは、はっきりとピクチャーが見えます。重い荷物の載った荷台をロバがひきづっています。重さで動かないのに、どうにかして動かそうとしています。その比重で押しつぶされそうです。」

第五チャクラ(喉)「ここには、思ったよりレゾナンス(瞑想性)があります。」「いろんなアイデアがあって、それを実現できる質です。オーガナイザーの仕事は、ここから来ているのでしょう。」

私は聞きながら、恥ずかしさでいっぱいでした。一刻も早く、そこから逃げ出したい思いでした。それから私を起こして、セッションは続きます。あ〜あ。


サガプリヤ 「では、右目をアイパッチで覆って、左目で私を見てください。あなたが仕事の責任で疲れている人ですか? 今、オーガナイズしている仕事で何を落として、何を続けますか?(省略)」

サガプリヤ  「セッションは月にどれくらいしますか? グループは何をどれくらい、どこでしますか?(省略)」

サガプリヤ  「今度は左目を覆って、右目(内なる男性性)で私を見てください。あなたもオーガナイズの仕事をしていますか?」

 「はい。企画と準備や会計をしています。」

サガプリヤ  「何パーセントくらいしていますか?」

 「30%くらい」

サガプリヤ  「もっと関わりたいですか? それは好きですか? あなたが、その部分をしている事を知っていましたか?」

 「いいえ。知りませんでした。もう少し、関わってもいいかな? 後、彼女のクライニオセイクラルとサイキックマッサージのセッションのオーガナイズと実際に触れる部分をしています。」


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最後に、サガプリヤがこのセッションの説明と補足をしていきます。

「先ほども言いましたが、このセッションはPart2で学ぶ、キャパシティ(受容能力)の状態でした。なにかの理由があって、本来あるはずの瞑想性が雲に覆われた状態でした。彼女の場合は、オーガナイズの仕事を減らしてセラピストになる必要がありました。責任を背負い過ぎていたからです。これは女性性と男性性の仕事に関しての役割と、その配分の問題でもありました。それは実際はエネルギーの使い方の問題です。関係性の問題かも? といいましたが、これは仕事の問題でした。このセッションは男女の仕事を扱いましたが、それによって関係性も変わるでしょう。」

実際、その後で何かが落ちたようにすっきりしました。

ただ私が実際にオーガナイズを減らして、セラピストの仕事を増やしたのは、それから3年経ってからです。

今はあまり責任を取りすぎずに、楽しくオーガナイズを続けています。

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生の変容〜まてぃ 3

(2007年2月18日の手記)

その後、イギリス人のBFと供に、ヨーロッパのコミューンやヒーリングセンターでの仕事を探して、転々としました。結局うまくいかずに、私だけ帰国しました。

1996年から自分でセッションを始めました。最初は練習として友人に無料でしていましたが、何人からか「十分いけるよ、お金を取ったら?」と言われて、1セッション3000円から始めました。

でも東京であまり知り合いもなく、無名の私にセッションを受けたいという人は限られています。何ヶ月の間、何も起こらずに、これからどうしよう・・・と、思っているところへ「ヤショダの“家族の座”をオーガナイズしませんか?」という話が来ました。私はすぐにOKしました。

その時の電話の音と暗い部屋で迷っていた私に、光が差した気がした光景を忘れられません。Thank you OSHO !

そうして、今にいたる10年間。ヤショダ・サガプリヤ・ドゥワリ・ゴパルなどをオーガナイズしながらアシスタントに入り、多くのことを学んできました。

ある時期、仕事は順調でしたが、心のどこかがハッピーではありませんでした。何が問題なのか府に落ちないままでいた頃、サガプリヤの個人セッションを受ける機会がありました。

いま人生で起こっていること、仕事や関係性、そして瞑想などについて、思いつくままに話した後で「心のどこかがハッピーではない」と伝えました。彼女はなにも言わずに、エナジーリーディングを始めました。それが終わって向き合った後で「内なる女性が憤慨しています。彼女は内なる男性に対して話すことをやめました。それは、いつ頃だと思いますか?」と尋ねました。

私は狐につつまれたようにぽか〜んと聞いていました。というのも、彼と会った時は本当によく話していたからです。私が意味をつかめないような顔をしていると、「では、このアイパッチで右目を覆って、左目で私を見て、質問に応えてください。」と言いました。「あなたが内なる男性と話すことを止めた人ですか?」と聞かれると、「そうです。」と言って、悲しさが込み上げてきました。

言いながら、私自身はびっくりしています。「そうだったのか…」と、どこかが納得しています。

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質問は続きます。

サガプリヤ 「いつ頃から話すのを止めたのですか?」

 「2年前です」

サガプリヤ 「何があったのですか?」

 「彼に失望しました。」

サガプリヤ 「なぜですか?」

 「彼への期待と夢が壊れたからです。」

サガプリヤ 「では女性側のクッションに座って、目の前の内なる男性のクッションに向かって、そのことを告げてください。」

 「一緒に住んで、人生を共に作りたいという夢があったのに物事が起こらないし、あなたにその努力も見えないので、私は失望しました。そして腹を立てています。」


それを言った後で、今度は腹の底から悲しみと怒りが込み上げてきました。自分がそんなふうに思っていたことに驚きながら、感情が腹から胸のあたりに広がっていきます。そうか、私は怒っているんだ・・・セッション中に、何度も自分の感情をかみしめます。


サガプリヤ 「私の感じでは、この内なる女性は、かなり前から話すことを止めた感じがします。そうですか?」

 「・・・・」

しばらくの間の後で、

「そうです。私が小さい頃です。父親に対して、話すのを止めました。」

それから、彼女は退行セッションに入っていきました。子供時代に父親に甘えると、仕事に忙しくて拒否されたことを思い出しました。私は、ただ遊びたかっただけなのに・・・という悲しさと怒りがありました。

それは、まさに彼に感じていたのと同じ感情でした。その後、また現在の私に戻って、クッションのBF(男性性)と向き合いました。私は自分の本心を彼に伝えました。涙がほほを伝いました。それだけで十分でした。その後、彼に会う機会があり、勇気をだして感じていることを言いました。

彼は黙って聞いてくれました。状況は変わりませんでしたが、どこかが自由になり、自分の内側で男性性と女性性が話し始めたのをエネルギーとして感じられるようになりました。私の顔に本当の笑顔が戻ってきた気がしました。

体にあるエネルギーがなにかの状況で滞っていることは、エナジーリーディングを通して感じられます。サイキックマッサージではマッサージによって、またスターサファイヤのセッションではゲッシュタルト療法によって、それを解放していきます。

外側の状況がすぐに変わるわけではありませんが、自分に何かしら生き生きとした生命力が、戻ってきた感じがしたり、エネルギーの流れがよくなった感じがしたりします。思い込みが変わったり、狭い価値観で生きていたものが、より広い視野から物事を見れるようになったりします。

時々、セッションで見たことは、消化するのに、何年もかかったりします。そうしているうちに、外側がゆっくりと変わっていきます(突然、変わる人もいますが・・・)

私の場合は内なる女性の深いところにあった頑なな感情に気づき、それを相手に期待せずに話すことで解放することができました。相手や外側の状況ではなく、より自分を信頼することを学んだセッションでした。


※生の変容〜まてぃ 4へ続く

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生の変容〜まてぃ 2

(2007年1月15日の手記)

彼女のワークでは、よく参加者がスターサファイヤというセッションのデモンストレーションとなります。その人に起こっていることを通して、参加者が多くのことを理解する助けになるからです。そして見事に1人1人が何かを得ます。

私の番でした。その日は朝から髪の毛を洗い、あたかもサニヤスを受けるときのように、新鮮な気持ちで望みました。

私の左足をリーディングながら「何年か前に彼女の左足をリーディングした時には、内なる女性性に怒りがありました。この何年間で、かなりクリーニングされています。今は刃のように怒りの破片が残っているだけです。今は休んでいる状態です。足の裏の中心(土踏ます)から、上の方に向かってエネルギーが広がっています。それはいい兆候です。レゾナンスは根っこから生まれます。足の裏がそれです。」

次に右足を持って「最初に持ったときには喜びが私の手に来ました。でもそれはすぐに消えました。それは、こちら側は瞑想に根付いていないことを意味しています。その喜びはフェイクです。この足は動き回ることが好きです。そういう仕事を選ぶと良いでしょう。」と言いました。

それから「このクッションのどちらが男性性でどちらが女性性かを選らんでください。」と言い、「それではまず、女性性の方のクッションに座ってください。」とリードしていきます。私のクッションに座った、女性性に向かって、「目の前にいる人を見てどう感じますか?」と続けていきます。「お父さんのような感じ」というと「今、何歳ですか?」と聞きました。「3歳くらい」と応えると、OSHOが私にマラをかけてくれているイメージが浮かびました。私はサニヤスを取った時と、同じ幸福感に包まれていました。

そのセッションは3歳の私と父親の関係へと移っていきました。女性性は3歳に象徴されるように無垢な感じですがOSHO繋がっていて喜びもあります。しかし男性性は私の父親の質をかなり持ち運んでいて「人生をコントロールしないといけない」と思い込んでいます。サガプリヤは「今の段階ではOSHOとつながっている内なる女性をサポートします。そして内なる男性には、まだ働きかけません。まず女性性が自分自身に根付いてから、その時に初めて内なる男性に働きかけていきます。」とコメントしていました。


※生の変容〜まてぃ 3へ続く



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生の変容〜まてぃ 1

サイキックマッサージは、サガプリヤによって編み出されたボディワークとセラピーの融合したワークです。その後で、ゲッシュタルト療法を使って、内側の男性性と内側の女性性の関わり方(ダイナミックス)に気づきを当てるスターサフャイヤが、彼女によって考案されました。

体にあるエネルギーをリィーディングすることで、本当に起こっていることに気づきの光を当てます。実際、何が起こっているのかを理解すると意識の深いところで、人はホッとします。すると起こっていることを受け入れ、滞っていたエネルギーが解けて、本来ある自分のエネルギーが流れ始めます。

そのエネルギーこそが、生きる力であり、創造性です。

関係性や仕事などすべて内面に起こっていることが、外側に現れます。たとえば、GFやBFなど、何度相手を変えても同じことが起こるとか、仕事に関しても、自分のエネルギーが本当はどういう質かをわかっていないと、自分のやりたいことを仕事にはできません。

通常、私達のエネルギーは、外側を向いています。
意識が外に向かっていると言ってもいいでしょう。
たとえば、「ああなりたい。こうするべきだ。あれが欲しい。」などいつも考え、それが手に入るように努力しています。その欲望のステージは苦しいものです。自分の内側が空っぽで、外からエネルギーを吸い取って生きている状態です。

なぜ、自分は大変で満たされていないのだろう・・・・と感じている人は、その渇きが、瞑想への第一歩です。

それは、自分のエネルギーが内側に向き始めたサインだからです。その頃に、サイキックマッサージって何?と興味を持つ人も多々います。セッションで、「なぜ、サイキックマッサージを受けに来たのですか?」と聞くと、「なんとなく魅かれて・・」という答えが返ってきます。でも、すでに内側の旅は始まっているのです。

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私がサガプリヤにあった時(1990年ごろ)は、多くの質問がありました。今思えば、私の葛藤は強く、なんとかして楽にならないだろうか・・・と藁にもすがる思いで、彼女のグループに参加していました。

今度こそは心の平安を得られる答えをもらえるに違いないと思い参加しても、彼女は私の質問には何も応えてくれません。本当にがっかりし、時には腹さえ立てました。

今思うとそれは、欲望には注意を与えないという愛からの姿勢だったのだと思います。やがて私は聞くことにも疲れ果て、静かになっていきました。

その頃はインドのリゾートの近くに住んでいました。日本でのOL生活からインドでの生活の変化は、自分がとても怠惰になった気がしました。起きたいときに起きて、気が向いたら瞑想をし、近くの公園に行ったり、友人とカフェで話し込む日々。

瞑想の種が根付くには、9ヶ月かかると聞いたことがあります。
ぶらぶらしているように思えた時期でしたが、リゾートでの日々において何かが育っていたのかもしれません。

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始めの1年はハネムーンだったBFとも、ケンカの耐えない日々・・・その頃に、サガプリヤのセッションを受けました。

私が関係性に一言も触れていないにもかかわらず、彼女が言ったのは、「あなたの内なる女性は、手にフライパンを持って怒っています。 内なる男性は頭を手で覆って自分を防御しています。あなたのオーラは、こなごなに飛び散っています。」

それを聞いて、私の目から涙が出たら「その涙は、こんなのはいやだ。」という涙です。頭が真っ白になりました。どこにも逃げ場がなく、その場に凍りついたようにたたずんでいました。

その後で一言「休みなさい。」と言われ、私は自分の中のどこか深いところに落ちた感じがあり、久々の安堵感を覚えました。

それからしばらくの間は、かなり瞑想にハマったのを記憶しています。瞑想をせずにはいられなかった・・・という感じです。


※生の変容〜まてぃ 2へ続く


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Profile
mati_2012_02_smallまてぃ(Mati)

1988年にインドに渡り、精神世界の探求に入る。

その後、サガプリヤが創始したサイキックマッサージ及びスターサファイヤのワークに出会い、トレーニングをインドやイタリアで数多く受講して後、アシスタントとしての経験を重ねて、創始者直伝・日本で最初のサイキックマッサージのトレーナーに認定されました。現在、これらのトレーニングやグループのリードをはじめ、幅広く活躍しています。

ボディワークとしては、ホリスティックマッサージやクラニオセイクラルバランシング。意識に働きかけるものとしては、ガイド瞑想やヒプノシスなど、様々なトレーニングでの経験を活かし、クライアントの状況や参加者のエネルギーなどに応じて、的確で自在な個人セッションやグループワークを行っています。
【サイキックマッサージ】マティによるセッションの様子
【サイキックマッサージ】トレーニング風景&セッションギバー インタビュー
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